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沿革

行政区画の変遷

  1. 新罗初期 旧称は古尸山郡
  2. 景徳王 管城郡に改称
  3. 高丽显宗 京山府星州牧に所属後、再び
  4. 仁宗 県令の設置
  5. 明宗12年 12年に一時廃県され
  6. 忠宣王 5年に沃州と称され、州知事を設置
  7. 朝鮮太宗 13年に伊山、安邑、陽山の3県を併合して沃川とし
  8. 純宗 隆熙4年に陽山県を永同郡に移管、青山県を沃川に編入
  9. 1949 沃川面が沃川邑に昇格、1邑8面で現在に至る
沃川と現在の歴史

本来、新羅の古尸山郡を景徳王の時管城に改称して、高麗8代玄宗の時に京山府(京山府=星州)に属し、16代仁宗の時に再び県令を置いて掌したが、18代明宗の時(1183年)に衙前と百姓たちが県令の洪彦を捕まえて閉じ込める事件が発生したため官号を廃止した。

以後25代忠宣王の時(1313年)に知沃州事に昇格し、京山府に属していた利山、安邑、陽山の3県を管理するようにして、朝鮮3代太宗の時(1413年)には地名を沃川にして慶尚道から忠清道に編入した。

26代高宗の時(1895年)に全国的な行政整備により郡になり、郡内、郡南、郡西1所、郡西2所、郡北1所、郡北2所、伊内、伊南1所、安内、安南の12面を管轄して、1914年3月9日、郡面廃合により青山郡の南面20洞里と郡内13洞里、東面6洞里、西面15洞里、北面15洞里の総5面69里と永同郡、北一面一部、北二面一部と報恩郡三升面一部、ヨンハン面一部、懐仁郡東面一部と全羅北道珍山郡東二面の一部を併合して、伊内、伊南、安内、安南、内面、東二、郡西、郡北、青南、青西、青山の11面125里に改編した。

1917年には内南面を沃川面に改称して、1929年4月1日、地方行政区域の改編によって伊南、伊西の2面を併合して伊院面に、青南、青西の2面を併合して青城面に改称し、1949年8月13日、法令第156条に基づいて沃川面を邑に昇格させると同時に、東二面の水北里と郡西面の西亭里、玉覚里を沃川邑に編入した。

1973年7月1日、伊院面牛山里を東二面に、安南面長渓浬を安内面に、安内面龍湖里、莫只里を郡北面に編入した。

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